ブリ(鰤)

成長するにつれ呼び名が変わる出世魚ブリ。漁師や市場ブリに対する愛着の度合いが推し量れる。天然の稚魚を育てておおきくする養殖も盛んだ。今では市場の2/3が養殖ものに置き換えられ、しかも四季を通じて脂ののったブリを賞味できるようになった。海外の和食店向けにも輸出される。

1.天然ブリ
出世魚
幼名の竹千代から元服して家光へなど,成長に伴って名前が変わることから,ブリは「出世魚」と呼ばれる。関東では10~20cmのサイズをワカシ,30~40cmをイナダ,50~60cmをワラサ,それ以上の成魚をブリと呼んでいる。
関西ではイナダを「ハマチ」と呼んでいたが,養殖ブリの出荷サイズが当初イナダ級であったため,いつしか養殖ものは「ハマチ」と呼ばれるようになった。スズキ,ボラやイワシも出世魚とされるが,ブリ同様地方によって呼び名は異なる。

能登のブリ,相模のブリ
 2010年,天然ブリは99,700トン漁獲され,うち18,900トンが紀伊半島以北の港に,8,000トンが四国や南九州の港に,そして72,800トンが青森から長崎までの日本海の港に水揚げされた。島根,鳥取,長崎,石川,千葉が主な水揚げ県である。
北部日本海で採餌して脂のたっぷり乗ったブリは冬,産卵のために南下の途中佐渡や能登の海に「回遊」してくる。富山湾では沖合に定置網を仕掛け,湾内に入り込む魚群を捕獲する。北陸では冬季に界雷がよく発生し,雷が鳴った翌日はブリが定置網に入り込み大漁になる。「ブリ起こし」といわれる。
寒のブリは「氷見ブリ」などとブランド名が付いている。かつて相模湾でも2~3月,寒波が伊豆の島々まで南下して大時化になると,太平洋群のブリ起こしが見られた。東京に小雪が舞えば魚河岸では,『明日はブリだぜっ』とあいさつしたものだったとのこと,今では昭和30年代の豊漁がうそのようだ。

2.養殖ブリ
ブリの育成
「ハマチ」の養殖は「モジャコ」と呼ばれる「天然稚魚」の採捕から始まる。鹿児島から三重沖にかけて4~5月に産卵され,孵化した仔魚は流れ藻に寄りつき,海流に乗って宮崎,高知,三重の沿岸に運ばれる。流れ藻に寄り付いている60gほどの稚魚を捕獲し,これを1~2週間餌付して飼いならし,「養殖イケス」で飼育する。
8m角の網イケスに,海流の速さに応じて1m3当たり3尾から15尾を収容する。冷凍イワシなどのミンチ肉,またペレット状に加工した配合餌料を給餌すると,12月には900g,翌春には1.2kgまでに育つ。
「ハマチ」の成長は早い。1kg成長させるのに必要な餌の量は配合餌料で4kgと他の魚種より少なく,餌料の肉への転換効率が極めて良い。『ブリは養殖されるために生まれてきた』といわれる所以である。
ブリ飼育の最適水温は24~29℃とやや高温側にある。今では,養殖ブリ15万トンの大部分が四国・九州で生産され,そのうち鹿児島県は約5万トンも生産する一大生産県となっている。その中心が出水市の北西海上に浮かぶ長島である。Google earthで空から探索すると,島の北側海域に無数の養殖施設が発見できる。円形や八角形,四角形などの飼育用イケス網と,小船が給餌などの作業をしている様子もくっきり見える。海の牧場も壮観である。

養殖ものの地位
 2008年全世界の漁業と養殖による生産量は約1億9千万トンに達し,2013年には養殖魚の比率は50%に達する勢いである。「栽培漁業」を一層進めていかないと,魚の需要には対応できない時代になっている。
翻ってわが国の養殖魚の地位はどうだろうか。水産物総生産量580万トンのうち27%と養殖生産は伸びず,頭打ちになっている。例えばブリの養殖だが、ピッグサイクルといわれるほどに,価格が高騰すると次の年は競って規模を拡大するため暴落する。そんなサイクルを繰り返してきた。
図3.1にはわが国における代表的な養殖魚の生産量を天然魚と比較して示した。また図には示していないが,ウナギが約20,500トン,ニジマスも6,000トンとそれぞれほぼ全量が養殖ものであることを付記しておこう。

肉質の改善
 評判の悪い養殖ブリの肉質を改善し,それを武器にピッグサイクルから脱却しようとする努力が続いた。天然ブリと同じく養殖ブリも18%と高脂肪なのだが,天然ものと比べ養殖物は運動不足が響いて,脂っこいうえに肉の締りも悪い。そのうえ鮮度低下も速い。これらの欠点を改良し,天然ものに近づける工夫が多方面から試みられた。
これまでの餌の与え方と言いったら,イワシなどをミンチし結着剤を加えた生餌を,満腹するまで給餌することであった。その食欲たるはすざましい。そして満腹するとゆらゆらと泳いで過ごす。野生では考えられないことだ。そのため高カロリーの生イワシ肉の成分がほとんどそのままハマチ肉に移行し,脂肪蓄積型の筋肉が出来上がってしまう。
そこで,低脂肪型の配合餌料を設計して投与することで,脂肪を16.1%から9.1%に低下させることができ,肉質は格段に向上した。魚粉に大豆や小麦タンパク質を配合した餌で飼育する草食系ブリの飼育も試みられている。
また,エネルギー代謝を促進する唐辛子や丁子油などの天然成分を添加して脂肪の蓄積を制御する方法1)も試みられるほか,養殖イケスを岸から流れの強い沖合に移動し,十分な遊泳運動量を確保して「肉質改善」している例もある。

養殖ブリの安全性
 「薬漬け養殖」などとよくいわれている。実態はどうなのか。国は家畜や水産動物の病気の予防や治療に薬事法で認可された抗菌・抗生物質,ワクチン,駆虫剤,ビタミン剤の使用を認めている2)。主にペレット餌料に混合し経口投与する。

マダイワクチン接種作業

ヒトが病気になったら病院に行き注射をしてもらい,薬剤を服用するのと同じである。異なる点は,薬剤が魚の体内から完全に抜けきらないうちには,出荷してはいけないことである。魚が食品である以上当然の規制である。薬剤の種類によって体内から抜け切るまでの期間が分かっていて,出荷までの休薬期間が守られているので,我が国の養殖魚に薬剤が残留している違反例は見られない。『どっぷりと抗生物質の池に漬かっている』というのは誤解である。それにも関わらず近年は、印象の悪い抗生物質などの投与を自粛し、稚魚の時期にワクチンを一尾一尾個別に接種することが一般的となった(右図)。ワクチン接種法が普及し今では養殖ブリやマダイの安全性を指摘することはなくなった。その代わり、この作業は養殖業者家族総出のつらい仕事でもある。

 

3.ブリ,カンパチ,ヒラマサ
ブリ属3種
わが国の代表的なブリ属には「ブリ」,「カンパチ」,「ヒラマサ」の三種がある。いずれも体側に沿って流麗な黄色の帯があるが,外観からはこれらの種類の判別は難しい。ヒラマサがやや扁平なのに比べ,ブリとカンパチは紡錘形といわれても見分けがつけ難い。カンパチやヒラマサの漁獲量は少なく,希少種である。その味も魚貝百科事典では「ブリより美味で高級とされる」と簡単に記載されているにすぎない3)
それではと,鮮度の揃ったこの三種を刺身として8名の検査員により食味テストする。血合い肉の比率やその鮮やかさの違いが若干みられるが,どれがどれやら有意に判別できず,またカンパチがとびきり美味しいという結果も出ない。美味しいという判断基準は価格からだけでは判断できない。

希少種の養殖
 ブリとカンパチについては,天然の稚魚が「流れ藻」に付いているため捕獲しやすく,これを収容することにより養殖が発展した。しかし,ヒラマサ稚魚は流れ藻からは得られず,養殖が遅れていたが,最近「種苗生産」が可能となりようやくブリに追いついてきた。
果実や穀類における交配技術が数々の優良種を創出してきたのに比べ,魚については遅れている。それでも,ブリに比べ成長の遅い点を改善するために,ブリとヒラマサの「ハイブリッド(交雑種)」も市場に出るようになった。
種類は異なるが,人気のタイセイヨウサケに大型化するキングサーモンの成長遺伝子,それに水温が低い深海に棲む魚の調節遺伝子を卵に注入し,組み替えサケを作ると,冬でも成長を続けるため,従来種の半分の期間で出荷サイズにできるという4)
これら人為的な交雑魚には,野生魚の遺伝子集団をかく乱しないよう隔離した施設での飼育が求められようが,バイオテクノロジーは固有種の欠点を改良し,人間の都合のよいように,魚の一層の家畜化を促進させる。

4.ブリの活輸送
産地から消費地へ
高鮮度のブリやカンパチが食べたい。それにこたえて,鹿児島や愛媛など産地から大都市近郊の「活魚」基地に向け,活きたままブリが運搬船で運び込まれる。関東地区では三浦半島の三崎港がその役割を担う。
産地では300~500トンの運搬船が養殖イケスに横付けする。網を絞り込みながら船の横腹にある開口部からハマチを船倉に導く。
ブリも「高速遊泳魚」の仲間で大量の酸素を要求する。長さ30mもの船倉の海水を緩やかに循環させて旋回流をつくり,この流れに向かってブリが整然と並んで泳ぎ始めれば,航海中のストレスは軽減し,酸素の消費量も低下する。新鮮な海水を導入しさらに微細な空気の泡を送り込みながら輸送することで,愛媛から三崎までの1昼夜で,わずか1%の斃死率で済む。
基地に着いたら船倉から今度は逆に港内のイケスに追い出す。生簀で1~2日休ませたなら,早朝「活魚輸送車」で築地に出荷する。料理店や地方市場へも届け,盛岡までなら7~8時間で輸送できる。

活け締めの技法
 わが国では鮮魚を刺身として生食する習慣から,鮮度については特に気を使う。昔から鮮度を維持するために活け締めのテクニックが発達した。ブリ,マダイ,ヒラメの活け締めは商品価値を維持するうえで欠かせない。
「活け締め」には頭部および尾部の脊椎を出刃で切断し,中枢神経を切断して即殺し,同時に脱血を行う。また念入りに頭頂部からワイヤーを脊椎に沿って差し込み,神経を破壊する完全活け締め法も行われる。もちろん,氷で冷やした冷水に投入して即殺する方法も広く行われている。
バタバタ暴れさせないで鮮度維持に必要なエネルギーを温存することがポイント。「即殺」は優れた初期鮮度保持法である5)

活け締めのタイミング
 養殖ブリの「死後硬直開始」を遅らせ,かつ硬直時間を長く維持できる「活け締め」は流通のうえで有用な方法である。納入業者は料理店に『明日の宴会は何時から始まるのか』を問い合わせたうえで,活け締めのタイミングを計る。それにより刺身に切り分けた時,角が立っていて,よく発色し,うまみ成分イノシン酸を最高のレベルに持っていくことができる。
優れた板前は,『3キロものを朝5時半に締めてくれ』などと細かな注文を出す。業者任せでは料亭の品質は維持できない。鮮度低下の過程を知りその兆候を素早く察知し,劣化を少しでも抑止することは生鮮食品を取り扱う者の基本姿勢である。

5.ブリを食べる
ブリの血合肉
マグロやカツオの「血合肉」はお勧めできない。食べるとなまぐさい。「血合肉」とは何なのか。体側に筋肉全体の5%程度の「表層血合肉」がピンク色に見える。干物ではこれが赤黒く変色している。「表層血合筋」に加え,背骨の周辺に10%ほどの赤黒い「真正血合肉」が存在する(図9.1)。ミオグロビンが多く,血管が密集していて色黒くとても不味い。
もちろん白身魚のマダイやヒラメでも数%の血表層合肉が含まれるが,むしろ彩りが良いことから取り除くことはしない。ブリ類の血合肉は幸いと言おうか,大部分が「表層血合筋」であった。「普通肉」と比べて「血合肉」が特別美味しいということはないものの,美しい赤色系の色調のため,粗末にはされない。しかし,冷凍に弱く,また鮮度落ちとともに急速に変色するのも血合肉の宿命である。冷凍か生鮮かの判定,また新鮮度の判定にも血合肉の色調が指標になる。
冷凍ブリのきれいな赤色筋をいつまでも保存したい。愛媛県水産研究センターは三枚に卸した養殖ブリを真空包装し,-40℃以下で保管すれば1年以上赤色が保存できること,また解凍肉では真空包装または窒素ガス置換して包装し,0℃におけば4~5日間褐色化が防止できると報告している6)

東の鮭,西の鰤
 2007~9年の総務省家計調査によれば,サケの年間1世帯当たり購入量は青森,札幌,新潟,盛岡,長野,前橋と圧倒的に東日本の都市が上位にあるのに対し,ブリでは富山,金沢,松江,福井,徳島が3~7kgと全国平均2.1kgを大幅に上回る。
つまり,「富山以北が鮭を,北陸から西が鰤」と,たまたま新潟と静岡を結ぶ中央地溝帯を境に線が引かれる。かつては,大晦日に食べる特別の高級魚「年取り魚」にしても,この東西の地域差がはっきりしていた。
天然ブリが漁獲される地域には伝統的な食べ方が発達してきた。養殖が盛んな香川,鹿児島,愛媛にはどのような新しい料理が生まれているのだろうか。

かぶらずし
 北陸の伝統料理のひとつに「かぶらずし」がある。カブを薄切りにしてブリの切身を挟んで米麹に漬け込む。白色のカブにピンクのブリが鮮やかで,漬物の芸術品と言われている。
ところで,普通ならブリ肉の赤色「ミオグロビン」は数日で酸化して黒ずむ。実際,かぶらずしを作るために,予め数日間塩をしておいたブリはすでにやや黒ずんでいる。しかし,10日も漬け込むと見事きれいな色が出てくる。そのうえ,これを暮に冷蔵庫に保管しておいても半月程度は変色もせず美味しい。
麹菌が産生する麹酸や,カブに含まれるビタミンC,微量の亜硝酸とカテキンなどの天然成分がブリ肉のミオグロビンの酸化を抑え,ピンク色を長く保つと考えられる。

参考文献
1)塩谷格ら:特許出願2009-166231
2)農林水産省:「水産用医薬品の使用について」22報(2009)
3)「食材魚貝大百科3」p.056-059,平凡社(2000)
4)「遺伝子組み換えサケ承認か」朝日新聞2010.11.1.
5)岡弘康ら:「養殖ハマチの致死条件と冷蔵中の魚肉の硬さ」日本水産学会誌56(10)1673-1678(1990)
6)愛媛県工業技術センター:「 養殖ハマチの凍結血合肉の褐変防止」愛媛県農林水産研究所だより,No.57 (2002)

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